月と花火

結局のところわたし(あなた)は、何になれば、何をつくれば、満足するのか

【演劇】劇団くるめるシアター『プレイタイム』総括

こんにちは。緒方美月です。

今回は、私が今年2月に出演させていただいた舞台、劇団くるめるシアター第72回本公演『プレイタイム』に関しての総括をさせていただきます。

このブログをいつも読んでくださっている人は私のことを直接知らない方ばかりなので、たぶん何がなんだかわからない長文が続くと思いますが、お許しください。笑

 

劇団くるめるシアターというのは、早稲田大学公認の演劇サークルのひとつで、今回の「本公演」は、4年生が卒団前最後に関わる公演です。私は3年生ですが、今回は役者として関わらせていただきました。

 

『プレイタイム』が今年最後で本当に良かった。そう思える公演でした。

この作品は、山手線に乗っていたアオイという女性が西日暮里……ではなく「西日の里」という異世界に迷いこんでしまう、というストーリーで、私は西日の里の人気女優、「スミレ」を演じました。なんとメインキャスト、主役のひとりです。ひとり語りとかあります。役のみんなに口々に「スミレの演技は素晴らしい」と誉められちゃいます。オズの魔法使いのドロシーを演じちゃったり、私の演技にジュディ・ガーランドの映像が被っちゃったりしちゃいます。舞台上にひとり取り残されて緞帳が下がったりします。もうど緊張でした。

でも、私が演じる「スミレ」、そして西日の里の住人は、実は現実世界に住む人々が本当に生きたいと描いている「理想の姿」。現実世界にいるスミレは、弱くて、傷ついて、ひきこもりで、たまたまテレビで見たオズの魔法使いに感動し、「私の話を聞いてくれるどこか。私が何者かになれる、どこか。ここではないどこかに、私は行きたいの」と、西日の里に迷い込み、女優として生きることを決めるのです。

この、西日の里=理想世界でありお芝居の世界。みんながみんな理想の自分を演じて生きている、という世界は、「俳優」にとってすごく残酷な世界じゃありませんか?まるで、「芝居は芝居。あなたは舞台でなんにでもなれると思っているのでしょうけれど、所詮現実ではないの。」と、言われているようで。それを強調するシーンが、「劇中劇」のシーンです。そういえば『THE最終回』でも劇中劇を演じる女優役だったなあ……と思うとなんだか数奇な偶然。でも、『プレイタイム』はもう少し複雑です。なぜなら、私が演じるスミレ=劇中劇(オズの魔法使い)を演じる女優(西日の里のスミレ)を演じるひきこもりの女の子(現実のスミレ)なのですから。

話を戻しましょう。『プレイタイム』の中の劇中劇「オズの魔法使い」で、私はドロシーを演じます。オズの魔法使いのストーリーそれ自体も、この『プレイタイム』のストーリーと実はつながっているのです。オズの魔法使いでは、ドロシーは魔法の国に迷い込んでしまい、最終的に戻ってくる(そのすべては夢オチだった)。『プレイタイム』でも、スミレは西日の里でドロシーを演じることでなりたい自分を生きながら、それでも西日の里の「夢だし嘘」な部分に釈然としない気持ちを抱きながら暮らしている。それで西日の里に迷い込んだアオイと出会い、昔の自分、本当の自分を思い出し、現実世界の西日暮里に帰ってゆく……

 

このお芝居の構造じたいが、「お芝居をやめて卒団していく4年代の人たち」に綺麗に重なっていて、そして「劇団(=西日の里)に残されていく私たち」にも、これから私たちが何をどうくるめるで演じていくのか、という課題を残していく、そんな舞台になっていたと思います。

お芝居じたいは甘かった部分も多いし、自分の演技しかり、いろんなこじつけ、いろんな不足はありました。もっとできた。もっといけた。それでも、「お芝居をする」ということじたいを命題として扱ったこの作品で卒業していく先輩方はまぶしくて、きらきらしていて、羨ましくて。ふふ。先輩方に愛を伝えられなかったなあ。こんなところで伝えても伝わらないけど、好きでした。全員のことを。

私自身にとっても、「演じるということの不当さ」というか、欺瞞というか、嘘を信じていいのかとか、演技の正解はなんなのかとか、そういう自分のもやもやを1ミリだけだけど解決してくれたかなー、と、思います。

 

個人的に、くるめるの本公演で、3年生で、主役を演じることができて、とてもとても光栄でした。卒業公演でアオイとスミレを演じたメインキャスト4人(それぞれ西日の里・現実のスミレアオイ)が全員2、3年生ということで、4年生がメインキャストのほうがいいじゃん絶対……私ができる役じゃないじゃん……とずっとずっと思っていました。というか普通に自信がなかった。私が理想の女?みんなが羨む大女優?ないないない!ない寄りのない!っていうか主役?私演技下手だし。顔も薄いし。演劇だって大学から始めてるし。

結論から言うと、演技は結局下手なまま、自信のないまま、終演してしまいました。悲しい。色々考えたのに本番ではこなしてしまう部分も多かったし。感情の感じとか全然出せなかったし。死ぬほどセリフ覚え遅かったし。顔は薄いままだったし。結局感情の発露よりも、キャラ芝居に寄せていってしまうし。だめだめです。

それでも、ただただ光栄でした。私にメインを任せて、4年代には好きなことをやってもらおう、と主宰が思ってくれたことも光栄だったし、私が1年代だった時の4年代に「上手くなった」と言われたことも光栄だったし、私の新人担当の先輩に「演技ができるようになったんだね」「最後に絡みのある役ができてよかった」と言われたことも光栄だった。ただただ光栄で光栄で仕方なかった。嬉しかった。やっぱり3年間できちんと前進したんだ、人より始めるのも進むのも遅くて仕方なかったわたしが、ちゃんと女優してる、と感じました。まあ、ドヘタなんですけどね!!!!!!!!!!!!!

 

終演してみて、1年後の自分の卒業公演まで芝居はもういいかな、と思ってます。と、同時に、なんか書きたいなという気持ちもあります。オファー受けたらもっと役者やっちゃいそう、という気持ちもあります。絶対にこれじゃ満足できない。もっともっとうまくなりたい。自分のために。私はうまくやりたい、うまくみせたい、という気持ちが強すぎる。人の目を気にしすぎる。

でも、私は今回の『プレイタイム』を通して、『人のことを気にする自分を気にしない』ことにしました。それが個性。それが私。それが私の長所。そう考えるしかやっていく道はないのです。ひきこもるスミレのように。なんて。大げさです。

 

なんだかまとまらないですね。また今度、編集しなおす気がする。でもこれが今日書けるせいいっぱいです。