月と花火

結局のところわたし(あなた)は、何になれば、何をつくれば、満足するのか

【演劇】演劇ってなんだろう、半年間

こんにちは。月と花火です。

今回は、この半年間の私の演劇ヒストリーのまとめです。

実名とかばんばん出てきます。私のことを知っている人が読んだら少しは面白いのかもしれませんが、このブログの読者に私を知っている人はいないので、なんのこっちゃと思うかもしれません。適当に読んでね。

 

この半年間、2017年7月に帰国してからの正確には8か月間、私はとにかく演劇に関わり続けました。休みたくなかった。半年間、本気で演劇がしたかった。ずっと演劇をし続けている、ずっと現場に入っている、そういう自分に憧れていたんだと気が付きました。

 

留学から帰国する前は、もう演劇には戻れないんじゃないかな、と思っていました。ブランクを経て、出演オファーの声がかからなくなった人たちを私は何人も見てきたし、私の同期はそれでなくてもかなり人が多いし、そして男性が少なく女性が多い今の早稲田演劇界では生きぬいていける気もしなかった。なのに、こんなにもたくさんの公演に関わることができて本当にうれしいです。

 

2017年9月には、劇団森の『THE最終回』に、あるドラマに出演している女優・港チル、という役名で出演しました。ドラマではなんと純粋無垢な女子高生役。でも実際は子役上がりのちょっと性格の悪い女優、という、「劇中劇」のかたちを取ったお芝居で、港チルちゃんの二面性を演じるのが楽しかった。お芝居を書いたのは劇団森の同期の男の子で、ほとんど私へのあてがきといった風な台本で、演じるのはかなり楽でした。私はずっと彼の書く作品が大好きでした。ちょっぴりテレビ的で、少しひねくれてて、でも純粋で。とにかく本が面白いんです。ずっと憧れの同期だった。だから、私が留学中に彼から「出演してくれないか」と言われた時は本当にうれしかった。他の出演者も同期が多く、気兼ねなく演技ができたしとても楽しくて、それでもたまに「本当にこんな稽古で大丈夫なのかな」ってなったりして、まあまあ悩みながら、でも最終的に楽しめたそんな現場でした。とにかく早稲田演劇に復帰できたことと、金原に呼ばれたこと、そして早稲田小劇場どらま館に役者デビューできたことが嬉しかった。

 

2017年10月には、なんと花やしきの舞台でのお芝居に挑戦しました。花やしきを舞台にしたシットコム風演劇。アメリカ人女性の役をやりました。まあ、演技っていうか英語ですよね。キワモノとしての使われ方。私、今まで割とキワモノ系で使われることが多かった(DJ、ピンサロ譲、SM国の女王、宇宙ポリス……)ので、割と自分の中でこなしてしまった感が強くて。お客さんの反応も良く、座組がひとつにまとまっていたのが印象に残っています。みんな本当にありがとう。

 

11月には、早稲田祭(学園祭)での舞台に立ちました。私が所属する劇団くるめるシアターの後輩が書いた作品。1年代3人、2年代2人、3年代ひとり……なんとわたし、座組最年長でした。衝撃あんど驚愕。ちゃんとしなきゃ!という気持ちがすごく強かった。脚本は割と難解というか、解釈も好みもかなーり分かれるような感じのものでした。ですが、私はなぜがあの作品がすごく好きでした。読み物として、きちんとしていたというか。とにかく好みだったというか。すごく好きだった。後輩と関われたのも嬉しかった。もうとにかく演劇的な楽しさと満足感がありました。演技としても、「うまくできた」という気持ちがありました。この半年間の中で一番演じていて気持ちが良かった。私が演じたのは、主役の女の子と出会う「女」という役で、女の子を優しく包み込んでいくような、美しい、そして何を考えているかわからない役でした。自分で言うのもなんですがわたし、「何を考えているかわからない柔らかさ」を出すのが得意なのかもしれないとさえ思いました。とにかくやりやすかった。戯曲の解釈がかなり個人に任されていたので、私個人は「悩んでいる主役の女の子に昔の自分を重ねている部分もあるのかな」と感じていました。うん。すごく楽しかったな。あの時初めて女優になれた気がした。自分のことも戯曲のことも褒めすぎかしら。

 

11月には実はもうひとつ、舞台に関わりました。虚大空間という、後輩の舞台に演出助手として参加しました。役者ではなく。役者で関わりたかったと思えるような、いやむしろ思わせる隙を与えさせないような素晴らしい戯曲、俳優、演出でした。はあ。羨ましい。よかった。

 

 

最後に関わることになる卒業公演については、もうひとつきちんとした記事を書こうと思います。

では、次の記事で!